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| コラム |
【私の民事訴訟法学習の思い出】
1.今も昔も学生や受験生の間で最もイメージし難いもの、従って理解しにくい法律科目の順位は変わりません。第一が民事訴訟法、第二が会社法です。私はこれに行政法が入ると思い、先日行政法の先生と飲む機会があったのでそれを話したところ、「地方自治体の職員でも少しやってみればそうでもないんでしょうけど」という話でした。確かに学生の頃はなんともつかみどころがなかった会社法も、社会へ出て会社に就職し、その組織などを眺めて見ると「なるほどこんなものか」ということがおぼろげながら解って来て、会社法もなんとなく身近に感じることができるようになるようです。法律学の理解にはある程度の社会経験が必要だとはよく言われることですが、おそらくこのようなことを言っているのでしょう。
2.1日マスターシリーズ民事訴訟法を書き下ろすに当たって、あらためて数々の文献を読み直したりしていると、昔民事訴訟法を学習した頃を懐かしく思い出しました。
私も皆さんと同様、民事訴訟法はなんとも理解困難な科目でした。「弁論主義」・・・べんろんというのだから法廷でしゃべる主義のことかなどと幼稚に考えたりしていた頃もありました。それでも試験には合格したのですから、考えてみれば誠にひどい合格者もあったものです(条文から出題している限り、生じうることです)。合格後一念発起し、民事訴訟法をマスターすべく、三ヶ月章・民事訴訟法(法律学全集)を読み始めたのがこの頃です。試験に合格後本格的に民事訴訟法の勉強に取り組んだのです。今のように、解り易い学生向けの教科書もまだ少ない時代でした。本当に今の学生や受験生は恵まれていると思います。それでも自分の理解に自信が持てなかった頃、幸いにもコネで亡小室直人教授(大阪市立大学)の集中講義を受ける機会を得ました。関西における大家であり、よくも私のごとき浅学の者を仲間に入れて下さったと今でも感謝せざるを得ません。大家だけによく佐上善和さん(当時龍谷大学助教授・現立命館大学教授)や上野泰男さん(当時名城大学助教授・現早稲田大学教授)も連れて来られ、これら先生方に近しく接することができたのも望外のことでした。これほど贅沢な講師陣は今では望むべくもないでしょう。その場で私の理解の確認ができたこと、そしてしばしば先生方と議論できたことがどれ程その後の学習の役に立ったか、はかり知れません
3.今私が講義する側になって、いつの間にか小室先生の講義の受け売りになっていることに気づき、時々苦笑してしまいます。いつだったか受験生の一人に「先生の授業を聞いていると大学の講義を思い出した」と言われたことがあります。言われてみれば、私は無意識のうちに法学部における民事訴訟法の講義を再現していたのだと思います。これは法学部出身でない受験生にとっては、受験テクニックも加えてそのような授業が最も将来役に立つことになるのだと信じているからに他なりません。
猛暑もようやく落ち着いてきました。皆さんの健闘を祈ります。
平成20年8月27日 江見 務
【捲土重来・再戦を決意した君へ!】
平成20年度本試験も無事終了しました。しばらくは羽を休めましょう。2〜3日休んだあとは、さて再起です。決して速過ぎることはありません。
1.28〜29問正解の人。合格点は年により異なりますが、合否線上にある人は、一応合格を前提に司法書士法などの条文の読み込みに入りましょう。合格発表後、口述試験までは間がないので、慌てないようにするためです。あと、商業登記法で比較的勉強が手薄な箇所、基本書の後の方に出て来る解散、清算、継続あたりの確認をしておくことをお勧めします。
2.27〜28問正解の人。1〜2点の差で涙を飲む受験生は数知れません。点数は1点の不足でも、合格と不合格では天地の違いです。「世間の私を見る目が違う」と言った合格者がいます。このラインの人は敗因の分析が欠かせません。これを怠ると来年もまた同じ失敗を繰り返してしまいます。点数が稼げなかった科目、出題の傾向(見解を問う問題を多く落としたか、知識が不正確で多く落としたかといったこと)、などを冷静に分析し、その補強を見据えた勉強方法を採りましょう。
論理問題に弱い人は理解が不十分なためですから、自分の勉強方法が暗記中心になっていなかったかを反省し、知識が曖昧で落とした問題が多かった人は次から条文を丹念にチェックする勉強方法を心掛けましょう。次は必ずや2〜3点の得点アップを図ることができるでしょう。
3.臥薪嘗胆(がしんしょうたん)。合格までは辛苦を忍び、次の成功を期して下さい。期待しています。
平成20年7月6日 江見 務
なお、臥薪嘗胆は司馬遷の「史記」に出て来ます。人生を学ぶことの多い話のひとつとして、暇なときに一読をお勧めします(古く中国の春秋戦国時代の呉と越の国の話です)。
【本試験直前2箇月にあたって】
1.サイト開設3周年のご挨拶
早いもので、当サイトを開設して3周年を迎えました。その間、文字どおり北は北海道から南は沖縄まで多くの方々に書籍を購入して頂き、感謝しております。今後ともご愛顧のほど宜しくお願い申し上げます。
2.さて、本番まであと2箇月です
(1)自己のスケジュールどおりにやっている方は、そのまま続行です。
(2)2箇月間の追い込みを考えている人。判例・先例付六法を使って条文と判例・先例のチェックに徹するのが一番だと思います。
条文や判例の意味がよく解らなければ、基本書などで確認します。
(3)以上を並行して過去問を繰り返し解きましょう。知識の再確認と問題慣れのためです。
(4)多人数が参加する予備校の総合模擬試験を1〜2回受けてみるのもお奨めです。本番に近い雰囲気に接することができるほか、時間配分などの確認もでき、2〜3時間の集中力を養うこともできます(年配の人だとけっこう疲れます)。
ただし、結果はあまり気にしないこと(予備校により出題のクセがあり、A校で高得点が取れてもB校では散々といったこともあります)。
(5)本試験1〜2週間前から体調管理に入ること。この頃、体も精神もかなり病んでいます。普段の自分に戻しましょう。その状態で本試験に臨むだけで2〜3問の得点差は出るでしょう(合格ラインの人は合否を分けてしまいます)。
3.特に憲法について
答練や模試などで憲法はなんとなく常識で解けるなどといって、そのまま本試験にも臨む人がいます。危険なことです。憲法で2問失点は許されません。やはり条文と重要判例及び重要論点(生存権の法的性格とか違憲審査権の性格とかそういったものです)はまじめに勉強しておきましょう。
平成20年5月1日 江見 務
【どこまでやるか新法人法】
平成20年度中には新法人法(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律)が施行される予定です。従って今後の勉強は同法をやることになりますがなにぶん全344条と条文数が厖大です。いったいどこまでやれば良いのでしょうか。出題数はせいぜい一問と予想されるところから悩ましい問題です。そこで一つの提案です。
1.旧民法時代の法人からの出題と同じ問題を新法人法でチェックする(旧民法法人レベルでの出題可能性が高い)。
平成20年度は法人からの出題は見送りという予想も(危険はありますが・・・)あろうかと思います。
2.特に一般社団法人はザッと条文を読んでみるとすぐに解ることなのですが、会社法とほぼ類似の構造になっています。それは同じ社団法人であって目的が営利か非営利かの違いがあるだけなので当然とも言えるのですが。そこで、本番でもし知らない肢が出た場合は会社法を類推して肢をしぼるのも一方法だと思います。たとえば、議決権の代理行使ができたか・・・、書面による議決権の行使ができたか・・・「ええい、会社はOKだから多分OKだろう」とかね。
3.とにかく条文数が多いということはおそらく条文以外から出題する余裕もないでしょうから、暇な時に条文だけを読んでおくことです。会社法を勉強したことがある人なら条文の理解はそれほど困難ではない筈です。
4.寒くなってきました。寒いくらいの方が勉強には良いような気がします。頑張って下さい。
平成19年12月11日 江見 務
【共謀共同正犯の理論づけ】
さて、前回の続きです。共謀共同正犯理論の肯定説を採った場合、その理論づけが問題です。
1.共同意思主体説
「二人以上の者が、同一の犯罪に向けて通謀するときは、そこに同心一体的な共同意思主体(犯罪組合みたいなものでしょう)が成立し、そのうち一部の者が実行したときは、それは共同意思主体の行為と認められ、全員について共同正犯が成立する」と説明するものです。この説は古く草野判事によって提唱され、判例の基礎となった考え方だと言われていますが、多数説にはなりませんでした(今でも根強い支持者があります)。それは、犯罪が共同意思主体の活動だというのなら、責任を負うのも共同意思主体の筈なのに、一転して個人に責任を負わすのは、一種の代位責任ないし転嫁罰であって、責任主義の原則に反する(責任主義の一つの内容に「他人の犯罪行為について刑罰を科せられることはない」という個人責任の原則がありますが、そのことを言っています)といった根本的な疑問があるからです。
2.間接正犯類似説
他人の行為をいわば自己の手段として犯罪を行った場合に、直接実行行為に出なかった共謀者に共同正犯が認められると説明するものです。自ら犯罪を実行せず、他人に実行させた場合でも背後の利用者が正犯とされる場合に「間接正犯」がありますが、共謀共同正犯はこれと同じく、背後の共謀者が共謀の上他人の行為をいわば道具として利用したから正犯としてよいというのです 自ら手を下さない正犯→間接正犯・共謀共同正犯 。最S33.5.28
―― 練馬事件大法定判決は、この立場に立ったものだと言われています。この判旨は是非一読しておいて下さい。
3.行為支配説
犯罪実現過程を支配した者は、自ら手を下さなくても正犯であるという考え方に立ち、実行者の行為を支配した背後者を正犯とする考え方です。「優越支配共同正犯説」というのも同様の考え方に立つものです。
この説は近時有力なのですが、いかなる場合に行為支配(優越的支配)があるといえるのか(親分・子分の関係にある場合にはそれが認められるでしょうが、関与者の力関係が対等な場合はどうなるのか)が明確でないといった難点があります。
4.終わりに
簡単な紹介程度に終ってしまいましたが、次回は、それでは今や不動の判例理論となった共謀共同正犯理論にはいかなる難点があるのかなどについて考えてみたいと思います。ようやく寒さが感じられるようになって来ました。受験生の皆様には、風邪などひかれぬようご注意下さい。
日々多数の方々にアクセス頂いて感謝しています。このサイトが少しでも皆様のお役に立てるようにと思っております。
平成19年11月5日 江見 務
【共謀共同正犯 ―― それは認められるべきか】
前回のコラムの続きです。司法書士試験は択一式なので、受験生の多くは「結論だけ合えばいいや」というので、共謀共同正犯を判例は認める「○」といって済ませる傾向があります。しかしそれでは勉強が楽しくありません。もうちょっと考えてみようといったコラムです。
1.すべては刑法60条の文言に始まる
(1)共同正犯に関する刑法60条は「二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする」と規定しています。そこから学者は共同正犯の成立要件として次の二つを導き出します。
共同正犯の
成立要件 |
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@ 共同実行(加功)の意思(意思の連絡=主観的要件)
A 共同実行(加功)の事実(実行行為=客観的要件) |
(2)そこで、A・Bが共謀してC殺害を行った場合、A・Bが共に手を下した場合に、A・Bが共に殺人罪の共同正犯となることに問題はありません。上記の要件@Aを共に充たしているからです。
(3)問題は共謀はあったが、Aは直接手を下さず、Bが実行した場合です。
このとき、Bが殺人の正犯であることは当然ですが、Aは殺人の正犯とならないのでしょうか。
(イ)有力説は、Aは共同実行をしていない以上、共同正犯の成立要件Aを欠き、従って(共同)正犯ではないと言います。この説からは共同正犯は上の(2)の場合のみを指すことになります(実行共同正犯説)。
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この説は60条の文理に合致し、筋も通っているのですが、それならAはどうなるかと言えば、関与の形態によって教唆犯か従犯(幇助犯)に止まってしまいます。共犯の実際においては、親玉は背後で指図し、チンピラが実行行為に出ることも多く、その場合にチンピラばかりが正犯となって、親玉(中心人物)が単なる(狭義の)共犯にすぎないという結論は不当なのではないでしょうか。背後の黒幕Aこそが正犯であるべきではないか。これが「共謀共同正犯理論」が生まれて来た根拠な訳です。
2.共謀共同正犯とは何か
共謀共同正犯とは「共謀による共同正犯」ということですから、二人以上の者が一定の犯罪を共謀し、そのうちの誰かが実行に出たときは、自ら実行に出なくても共同正犯とされる場合をいいます。この理論によれば上記(3)の場合のAも、C殺害の(共同)正犯として処罰できることになります。
3.判例・学説の現況
(1)判例は古くから共謀共同正犯理論を肯定して来ました。大審院以来一貫しています。それは直接事件を取り扱う裁判所としては、現実の共犯事件では直接手を下さない背後のAこそが「悪(ワル)」が多いという現実認識があったからでしょう。
(2)それに対して学説は共謀共同正犯否定説が多数説だと言われて来ました。60条が「共同して犯罪を実行した者」と言っている以上、犯罪を実行しないAを共同正犯とすることはできないというのです。
しかし近時では、学説がどう言おうが、判例は一貫して共謀共同正犯を肯定し、共犯者の多くを共同正犯として取り扱う以上、(刑事統計によれば、通常一審の共犯事件の95%以上は共同正犯として取り扱われ、教唆犯・従犯として処理されるのは例外です)、これを否定してみても空しいということもあって、むしろ共謀共同正犯肯定説が多数説になって来ました。従来は否定説でありながら、裁判官になった後、肯定説に転じたという著名な学者まで出るようになって来たのです。
(3)その結果、今日では論争の中心は共謀共同正犯をどういう理由で根拠づけるかという、「共謀共同正犯の理論づけ」の方に問題が移って来ました。これはけっこうムズかしく、ある程度長くなりますから、詳細は次の機会にゆずりたいと思います。皆さんの勉強を期待します。
平成19年10月6日 江見 務
なお、平成19年度合格者の方々にお祝い申し上げます。
【平成19年度司法書士試験 ―― 共犯からの離脱】
1.今年の本試験刑法では、いわゆる共犯からの離脱の問題が出題されました(問25問)
これは司法試験受験生なら必ず学んでおくべき基本論点の一つですが、司法書士受験生でこれが出題されると予想していた人はむしろ少なかったのではないでしょうか。しかし過去にも「予備罪に共同正犯はあるか」とか、「正当防衛に防衛の意思が必要か」といった問題が問われており、司法書士刑法においても基本的な刑法上の論点(争点)については検討しておくべき時代になったようです。
2.共犯からの離脱
この問題については「実行着手前の離脱」と「実行着手後の離脱」とに分けて検討されます。平成19年度は着手前の離脱を聞いています。
(1)実行着手前の離脱
(イ)いわゆる「共謀共同正犯理論」によると、ABCが強盗を共謀し、その一部の者が実行すると、現実には実行行為に出なかった者も(実行したということで)共同正犯となってしまいます。それでは酷な場合があるというので、共謀者のある者が、実行に着手する前にその共謀関係から離脱したときは、共同正犯としての責を問わないようにしようという考え方が出て来ます。これを「共謀関係からの離脱」と言っています。判例によると共謀関係からの離脱が認められるためには@離脱者の離脱の意思表示とA他の共謀者の了承が必要だとされます(たとえば大阪高S41.6.24)。ABCのうちBが「俺はやめた」と言い、ACがこれを承知した上でなおACが実行したという場合は、その後の実行はBを除くACの共謀とその実行だからです。
(ロ)共謀関係からの離脱は通常上の条件を満たせば認められるのですが、Bが「俺はやめた」と言って立ち去ったが拳銃を残して行ったので、ACがそれを使って実行した場合は離脱とは認めないというのが本試験の意図でした。離脱の意思を表明しても、共謀関係を解消するなどの措置を講じなかった場合には共謀関係からの離脱は認められないという考え方に立つもののようです(福岡高S24.9.17参照)。
(ハ)ちなみに、共謀共同正犯否定説(実行共同正犯説)からは、Bは実行行為に出ていない以上共同正犯になることはなく、離脱を問題にするまでもありません。
また、離脱を認めた場合でも離脱者が無罪という訳ではなく、共謀された犯罪に予備罪の処罰規定がある場合には離脱者が予備罪の罪責を負うかという問題が残ります。
(2)実行着手後の離脱
(イ)これについては「共犯と中止犯」の問題からふれなければなりませんが、詳細は省略です。実行行為着手後はA・B・C共に共同正犯となりますからこの場合は「共同正犯からの離脱」の問題と言って区別しています。実行着手後の共同正犯からの離脱が認められるためには、@離脱の意思の表明 A了承のみでは足りず Bそれまで自分のなした犯罪結果実現への影響力を取り払うことが必要だというのが多数説です。つまり、実行の着手前であれ着手後であれ、「離脱」が認められるためには、「結果に対する因果性(心理的・物理的)」を切断しなければならないと言うのでしょう。着手前の共謀の段階なら @離脱の意思の表明と A了承で通常は共謀関係は切断されますが、着手後なら更に B自らのそれまでの行為の結果も除去しなければ切断したと言えないということでしょう。そうだとすれば、着手前でも、拳銃を置いて去ったような場合はやはり結果に対する因果を断ち切ったというには不十分で離脱とは認められないのではないでしょうか(これが本試験出題者の意図するところでしょう)。
(ロ)着手後でも離脱が認められれば無罪という訳ではもちろんなく、その後の他の者が行った既遂の責任を負わないというだけで、離脱前の自己の行為の責任は免れません。離脱者は共謀の上着手までありますから未遂の責は負うことになります(中止未遂か障害未遂かでまた議論があります)。
(ハ)着手後の離脱の説明の仕方については学者によってニュアンスの差がありますがそれについての解説は省略します。
3.最後に
平成19年問25は他に「結果的加重犯の共同正犯があるか」という論点についても出題されています。これは「結果的加重犯の構造」と「過失犯の共同正犯が認められるか」という問題に深く関わっています。後者については司法書士本試験でも出題されています。これらについてはまた機会があればふれてみたいと思っています。皆さんの健闘を期待します。
平成19年9月2日 江見 務
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